帰りのホームルームのときのことだ。担任が雑談じみた連絡事項を話しプリントを配っていると、ふいに高尾が思い出したように隣の席の向井に声を掛ける。

「そういやさぁ、ちょっと聞きてーんだけど」
「なに?」
「……あーやっぱいいわ。なんか向井に訊くとめんどくせー気がする」
「えっ何それめっちゃムカつくんですけどー?話し掛けたからには最後まで言ってくれますぅ?」
「…あのさ」
「うんうん」
「ヘアピンとかカチューシャとか、女子ってどーいうの貰ったら喜」
「高尾もしかしてそれチャンに」
「あーあーあーちっげーよ!!絶対そう言うと思ったから言いたくなかったんだっつーの!!」
「…高尾。向井。早く後ろへプリントを回すのだよ」

緑間が注意した直後、高尾の大きめの声に気づいた担任が顔をしかめて「高尾」と名前を呼ぶ。短いそれだけの中に、「うるさい」「静かにしろ」「ホームルーム中だ」を含めて。慌てて正面を向いた高尾と向井はそろって「なんでもないでーす」と返事をし、自分たちの番で流れが止まっていたプリントを受け取る。「ふざけんなよ、向井!本人後ろにいんだからな?」と高尾が小声で釘を刺し、向井はプリントを回すついでに後ろのの顔を見る。話の内容は聞こえていなかったらしく、目が合うとは首を傾げた。それを確認して、うんうんと頷く向井。体を前に向き直すと、こそこそと高尾に耳打ちする。

「なぁんだ。ついに告る決心でもしたのかと思ったのに」
「はあ?」
「で?あの子にじゃないなら、誰にあげるの」
「妹」
「つまんな〜」
「つまんなくねーの。結構一大事なの」
「えー?誕生日?」
「そ、もうすぐ。前に俺にカチューシャくれたことあってさー、ああいうの集めんの最近ハマってんのかなーって思って」
「高尾、プリントを回せ」
「あー、いいんじゃない?お兄ちゃんやぁっさし〜!」
「高尾」
「だろ〜?うちの妹ちゃんか〜わいいからさあ」
「高尾!」
「! た、たかおくん、緑間くんが…」
「え?なに?」

ぴりぴりしだした緑間にビクッと肩を揺らしたが、おどおどしながらも高尾を呼ぶ。あれだけ緑間の声が耳に入らなかったくせに、の声にはすぐに応えて振り返った高尾に緑間がピキピキと眉を吊り上げた。「み、緑間くんがプリント、待ってるよ…?」これ以上怒ったらどうしよう、と緑間の様子にびくびくしながらが高尾にそう伝えると、高尾は「ああ!」と笑って、後ろを振り返ってプリントを緑間の目の前にひらひら揺らしてみせる。「わり!真ちゃん」へらりと笑う様子からは意図的になのか本当に緑間の声が聞こえてなかったのか判断しにくい。不機嫌な緑間は高尾の手からプリントを引ったくると、ふんっと鼻を鳴らした。そんな流れをじっと黙って見ていた向井が、手をポンと叩いてとっておきの案を出す。

チャンに頼めばいいじゃん」
「…えっ?」
「は、何が」
「プレゼント選ぶの手伝ってって」
「プレゼント…?」
「そうそう。そーゆー店に男一人って入りにくいんでしょ?一緒に誘って行きなよ!ねっ高尾!」
「…向井、お前さあ…いや、なんかもう、いいわ…」

頼めばいいじゃん誘えばいいじゃんといいつつ、本人の目の前でこう言われてはほとんどもう向井が誘っているようなものだ。話が見えない、とでも言うように目をぱちくりさせて向井と高尾の顔を交互に見るに、向井がにやにや笑って「高尾ってば、女の子にプレゼントあげるの慣れてなくて不安だから同じ女子に手伝ってほしいんだって〜。んなキャラじゃないくせにね〜!あはっウケる〜」と好き勝手話した。うわあなんでこいつは常に一言多いんだろうなあと高尾は口元を引き攣らせる。きょとんと向井の話を耳にいれていたは、数秒しんとしてから、ハッとしたように背筋をピンと伸ばし、高尾の顔を真っ直ぐに見つめた。

「わ、私でお役に立てるなら!お手伝いさせてください!」
「へっ?…いーの?サン」

は気合を入れるようにぐっと両方の拳を握ると、大きく首を縦に振る。その意気込んだ様子に、「あ、この子今絶対『いつも高尾くんには助けられてばっかりだし私もお返ししなくちゃ!』とか思ってるわ」と高尾は妙に納得した。ここ最近ずっと彼女のことを気にかけていたせいで、少しずつ考え方のパターンを理解できてきた気がする。そんな気合入れなくてもいいんだけどな、と苦笑いする反面、自分も少し、気恥ずかしく、緊張してくる。向井の策略というのが少し癪だけれど、学校外で会う約束、というのはどこか新鮮な響きがあった。思春期中学生か自分は、と突っ込みたくなるが、相手が相手なんだから仕方ない。仲の良い男女の友人を集めてカラオケだのゲーセンだのに寄るのとは、多分、違う。何がどうして違うのか、深く考えるのを避ける自分は少し、ずるいけれど。

「よかったじゃーん、デートっぽいし」
「!!? えっ、ごっ、ごめんなさい私そそそんなつもりじゃ…!!」
「(あ、やっぱりデートっぽいってことに気づいてなかったんだな、サン…自分だけか、そこにソワソワしたの)」

本当に高尾への善意だけで「手伝う!」と言い出したらしいが、向井の言葉に分かりやすく動揺しはじめる。今の「よかったじゃん」は自分に言った言葉だろうからサンが狼狽えなくてもいいんだぞー、と高尾が口に出そうか迷っていると、担任がまたこちらを睨んだ。の声がうるさかったらしい。とりあえず高尾がシーッ!と人差し指を立てて合図すると、あわててが自分の口を押さえた。素直だ。ただ黙ってしまえばいいのに、わざわざ自分の手で口を覆うんだから。


「あ、あの、私本当に、ででででーと、とか、そういうつもりで言ったのではなくてですね…!?ご、ごめんなさい私、その…」

やっとホームルームが終わるなり、が身を乗り出して斜め前の席の高尾にあわあわと話しかける。顔は真っ赤で、目でも回しているのかというくらい視線があっちこっちぐるぐるしていた。数秒黙ってそれを見守っていた高尾が、次の瞬間にはぷはっと噴き出す。さっきまで自分も気恥ずかしさいっぱいだったというのに、自分をはるかに上回る反応を見てしまうと、なんだかもういろいろと、笑えてきてしまう。そもそも、「デートとかそんなつもりで誘ったんじゃないんだ」と言い訳すべきはこちらのほうなのに。なんで誘いを受けた側が「そういうつもりで言ったんじゃなくて」と謝ってくるのか。彼女が謝ってくるのは、よく見てきた光景だ。だけど以前のような「私なんかがごめんなさい」という卑屈な感じの謝り方ではなく、本当に恥ずかしくてパニックになっている謝り方。同じ「ごめん」なのに、なんとなく、違う。なんとなく、だ。なんで分かるかなんて、自分でも不思議だった。

「くっく…サンってやっぱ、サンだわ」
「えっ!う、うん?」
「まあ、そーだよな。なんかデートっぽいよなー」
「!!」

わざと「デート」という単語を何食わぬ顔で持ち出すと、の顔がボッとまた真っ赤になり、恥ずかしさのあまり目が潤んでくる。何か言おうと口を開いたのに、ただ酸素を求めるようにぱくぱくと動かすだけだ。そんな彼女を見て高尾がくつくつ肩を震わせて笑った。べつに、最初の頃みたいにからかうのが面白いってだけの理由じゃない。この反応が、可愛いって思ってしまうから。気づけば、口元が自然と緩んでる。意地悪そうな笑みに見えても構わない。むしろその方が、いろいろとごまかせて都合がいい気がした。

「じゃーさ、罰ゲームにしようぜ。サン」
「罰ゲーム…?」
「この前言ったじゃん。体育でやった『賭け』の罰ゲーム。決めてなかったよなーって」
「あ…うん、そういえば…」
「俺の買い物に付き合う、っていう罰ゲーム。どう?」

目をぱちくりさせて、高尾の顔を見るは、数秒黙り込んだ後、こくりと頷いた。それを見て、高尾も笑いながらうんうん頷く。我ながらいい案だと思った。デート、なんて言ったら、お互いに意識してぎくしゃくしまくっていただろうし。この間は「ご褒美にキス」なんて話になって、いろいろあって、有耶無耶になってしまったことだし。ご機嫌になる高尾に、ふと、「で、でも!」と断りを入れてくる。ん?と目で尋ねると、が床と高尾の顔を忙しなく交互に見ながら、あの、と話す。

「罰ゲーム、じゃ…ないよ」
「…え?」
「だってそれじゃあ、高尾くんと出かけたくないみたいだし…嫌々行くみたいで…なんか…」

ぽかんと口を開けて呆けた高尾にが気づいたとき、しーんと沈黙が訪れる。やがて弾かれたように飛び上がったが、「あああれ!?なんかへんな言い方になっちゃったよね!?」とあわあわし始めた。まるで、自分は一緒に出かけることを嬉しく思ってるのに、とでも言うような言い方になってしまった。いや、でも事実、嫌じゃないのだから、他になんて言えばいいのか分からない。だけど、嬉しいと口にするのも違う気がする。恥ずかしいセリフのような気がする。口元に手をあててぐるぐると考え込むに、高尾の方も柄になくドギマギと困惑してきた。なんでこの子はこっちを引っ掻き回すような、調子を狂わせるような、期待してしまうような、そういう言動を不意打ちに喰らわせるんだろうか。(無意識なんだろうけど!無意識なんだろうけど!)

「そ、っか…!じゃあ、えーっと、あれだよな。罰ゲームじゃなくて、あー…俺へのご褒美っていうのもなんか変だし、そのー…な?」
「う、うん、えっと」
サンに、お願い一個きいてもらう、っていうことにしましょーか」
「し、しましょーか!」
「んで、俺の買い物に付き合ってください、っていうのが俺のお願いで」
「よ、喜んで付きあわせていただきま」
「えっ!?なに!?高尾!?告白なう!?しかもOKもらっ」

そういえばまだ教室にいたんだった。話の一部を聞き取って食いついてきた向井を高尾が横に押しやり、「よーし今日の部活すっげーやる気出てきたよーし真ちゃん部活行こうぜ俺今日めちゃくちゃ調子いいわシュートとかぜってー外さない気がする!」と早口に言って緑間のほうを振り返る。だがしかしそこにすでに緑間の姿はない。なんでアイツこういうときほんと何にも言わずに置いてくわけ!?空気読んでんの!?なんなの!?と理不尽に少し怒りつつ、自分の荷物を引っ掴んで、「じゃあ詳しい予定はまた明日以降立てよーぜ!サン!」と足早に部活へ向かう高尾。その高尾にあわてて、「うん!部活頑張ってね!」と声をかける。お互いに少し顔が赤い。向井はそんな二人を見て、にやにやと、それはもう楽しそうに笑うのだ。