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誰もいない教室。…じゃなくて、私と高尾くん以外、誰もいない教室。 ああ、いつもの、夢の中だ。やけに頭がはっきりしていた。起きる前から、これは夢だ、目の前にいる高尾くんは夢の中の高尾くんだ、とはっきり分かる。いつもの、夢。だから当然、これから起こることもなんとなく分かっていた。いつだって私を悩ませるこの夢。ううん、最初の頃とはだいぶ変わってきた。私の、気持ち、的に。前までは、こんな夢を見る私は最低なんだ高尾くんに悪い、と消えてしまいたくなっていたけれど、今は少し違う。高尾くん本人に「気にしてない」「嫌じゃない」って言ってもらえたから?楽になった?――うん、それは確かにそうだった。だけど今は、最初の頃とはまた違う意味で、私は、困っていた。 「あなたは、どうして…私の夢に出てくるの?」 目の前の人物に尋ねる。私の頭の中には、向井さんの声が響く。「気になるから夢に出てくるんじゃない?」って、言葉。「好きなんじゃないの?」って、言葉。私の夢に高尾くんが出てくる理由…その理由が、高尾くんの方にあるはずがない。理由は私自身の中にあるはずだ。だから、夢の中とはいえ、高尾くんに訊いてみるのは明らかにおかしい。だけど、変わらず夢に現れた彼に、どうしても訊かずにはいられなかった。ほとんど無意識に、尋ねていた。高尾くんは私の質問を聞くときょとんとした顔をして、うーん?と顎にちょんちょんと人差し指をあてながら考え込んだ。答え、困るだろうな。だって、ここは私の夢の中だ。それで、目の前にいるのは私の夢の中の、高尾くん。私の知らない答えを、私の頭の中の高尾くんが知っているはずないんだ。でも目の前にいる彼は、私の質問にちゃんと答えようと、頭を捻ってくれていた。だから私も大人しく、じっと、待っていた。どれくらい待っていたのか、数秒だったのか数十秒だったのか分からないけど、高尾くんはやがて口を開く。現実の彼と同じ声で、いつもみたいに私の名前を呼んだ。さんは、 「どうして、俺の夢を見るの?」 どきり、と心臓が音を立てた。私が夢の中の高尾くんに「どうして」って訊くっていうのは、私が私自身に尋ねるのと同じ。でも、夢の中の高尾くんが私に「どうして」って訊くのだって、私が私自身に尋ねているのと同じ。わかってる。わかってるのに、私は急激に焦り出す。ええと、それは、その、としどろもどろになる私を、高尾くんは笑って見ている。まるで答えを知ってるみたいに見える。ううん、夢の中の高尾くんが答えを知っているのなら、私だって知っていてもいいはずじゃないか。私は、本当は、知っているんだろうか。気付かないふりをしているのだろうか。どうして、高尾くんの夢を毎日毎日、見てしまうのか。毎日、毎日―― 考えるのを邪魔するみたいに、高尾くんが突然、唇を塞いでくる。チュッて押し当てて短く終わるキスじゃなくって、唇を塞ぐ…唇を重ねる、という表現がふさわしいような、キス。音も立てずに重なった唇に、体の自由が一瞬で奪われた気持ちになる。そうだ、一度だって振り払おうとしたことなんてない。だってそれは…、……「嫌じゃないから」? 「ねえ、さん…俺ね」 やさしい声で、言う。「俺さ、さんのことが」 だめ、だめだ、この先を聞いたらいけない。だってこんなの、言わせたら、だめ。現実の彼の本心と関係なしに、こんなこと言わせたら、いけない。こんな言葉を、聞いちゃいけない。私すごく、痛くて、恥ずかしいひとじゃないか。いやキスだって随分恥ずかしくて現実の彼の本心と関係なしにさせるなんていけない行為だけど、これは、こんなのは、だって、「私が現実の彼の口から聞きたがっていること」なのかもしれないって、逃げられなくなる。なんの言い訳も、できなくなる、こんなの。 ハッと意識が覚醒する。辺りを見渡すと、目覚ましはまだ鳴っていない。よかった。夢の中で、起きろ起きろと念じたおかげだろうか。あとすこし夢の中に留まっていたら、どうなっていたことやら。何を、聞いてしまっていたことやら。意地でも二度寝しちゃいけない!って、すぐに上半身を布団から引き剥がす。起きよう、起きよう、夢のことは忘れよう、考えるのやめよう。だってほら今日は学校だし、授業が終わったら予定もあるんだし。――そう、予定が、あるんだから。きゅっと心臓が音を立てる気配に、そうっと目を伏せる。胸のあたりを押さえて、小さく溜息。どうしてこう、都合のいい夢を、見ちゃうんだろうな。現実の高尾くんに迷惑だよ。だって、高尾くんの気持ちは、きっと、私じゃない、受け取るべき誰かに、向けられてるんだから。 |