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「…なあ。俺今気付いたんだけどさ、土日に時間作って待ち合わせて出掛けるよりさ、平日授業終わってそのまま二人で出掛ける方が、なんか、あれじゃね?難易度高くね?ぜってー周りにバレるじゃん。噂になるじゃん。いや、付き合ってる二人が放課後デートなら分かるぜ?でも俺とサンってべつに付き合ってな」 「えっ何〜今更緊張してんの〜?ウケるんだけどあんた何キャラ〜?っていうかさああんたツムツムの通知切った?ねえちょっと。あたし今回のイベント超死ぬ気でやってるんですけどあたしが欲しい時にすぐハート送ってこいって言ってんじゃん」 「うるせーよツムツム廃人!なあ俺の話聞いてました向井サン?」 朝からそれはもうそわそわしていた。高尾も、も、二人とも。いつもの授業時間が過ぎるのが、やけに早いような、遅いような。なんともいえない一日だった。お互い、授業中や休み時間に、目が合えば他愛もない話をするものの、「今日の放課後」についてにはあまり触れなかった。いや、避けていたというわけではない。気まずいというわけでもない。ただ、高尾はがその件について何か聞いてきたらいつも通り平常心で答えようと決めていたし、はで、高尾がその話を切り出してきたら笑顔で受け答えしよう、と決めていた。そう、お互いに。相手が切り出してくるのではないか、とそわそわしていたっていうのに、二人とも受け身だったせいで結局、そのまま放課後になった。帰りのホームルームが終わるなりぎこちなく視線を合わせると、が「あの、ちょっと待っててください…」と断りを入れて、他のクラスの友人たちに「今日は一緒に帰れないんだ」という旨を伝えに行った。待っている間、教室には、妙にそわそわし始めた高尾と、携帯をいじりながら適当に話を聞いている向井の姿が。そしてさっさと帰り支度をする緑間が。 「ん〜まあ頑張りなよ高尾〜応援してる超応援してる〜」 「軽いっすわ〜なんかもっと具体的に励ましてくれよ〜」 「励ますって言ってもぉ?…あ!あたしと緑間がこっそり尾行するってのはどお?」 「俺を巻き込むな。帰る」 「え〜緑間クンったらノリ悪いんですけどぉ〜。部活無いんでしょ?っていうか高尾いなくて一人で帰れんの?」 「俺を馬鹿にするのも大概にしろ。それと部活がオフでも家で練習が出来ないわけではない」 「えっマジ?ウケるんだけど家で何すんの?筋トレ?イメトレ?あっでも緑間んちって広そう〜バスケコートありそう〜金持ちそうだもんね〜今度遊び行っていい?」 「来るな。貴様のような女を家に上がらせるなど」 「ねえ緑間って前から思ってたけどあたしに冷たくない?女子に向かって『貴様』とか無くない?ねえ」 「いやお前らが仲良いのは分かったからさあ、俺の話聞いてくんない?」 「…あっ!ごっめーん高尾、今日あたしマキ達と約束あるんだったわ。尾行はまた今度!」 「尾行してくれとは頼んでねえけど」 「うわ〜でも超気になる〜チャンと高尾のデートとか超面白そう〜!どうだったか明日教えてよね。あ、今日の夜でもいいや。電話かLINEして〜それかツムツムのハート送っといて」 「最後のおかしくね?っつーか〜からかいたいだけの向井サンには絶対報告しませーん」 「え〜超応援してるって言ってんじゃーん!何かあたしのアドバイス欲しいときはデート中でもLINE送ってー。じゃあね〜」 ひらひらと手を振って教室を出て行く向井の後ろ姿を見送っていると、ちょうど入れ違いでが駆けてきた。廊下で鉢合わせた向井とが何やら一言二言会話している。というか、向井の耳打ちにが顔を真っ赤にしている。絶対今何か余計なこと言ってるな、と高尾が溜息を吐いていると、すぐ横で緑間が鞄を引っさげて立ち上がった。部活がなくて体育館は使えないので、やはりさっさと帰るらしい。 「……」 「…」 「真ちゃん」 「俺は帰る」 「なんか人生のアドバイスねえの?」 「人事を尽くせ」 「デスヨネー」 人事って言ってもさあ、と肩を竦ませる高尾をよそに、緑間は教室の出口へ向かう。向井と手を振って別れたが、今度は教室から出てきた緑間と顔を突き合わせた。向井の時は会話の内容が聞き取れなかったが、今度の二人の会話はそれとなく高尾も耳に入ってくる。「緑間くん、また明日」「ああ」くらいの短いやりとりだ。聞き耳を立てなくても、まあ、見ていれば分かる。そうやって向井と緑間の二人を見送って、ようやく、が教室に一歩足を踏み入れる。自分の席で待っていた高尾と目を合わせるなり、どきっと背筋を伸ばし、微妙に視線を逸らしながら、「お、おまたせしました…」と駆け寄る。 「ん!へーき。つーか友達大丈夫だった?」 「う、うんっ!委員会とかある時も、先に帰ってもらってるから…」 そっかそっかと相槌を打ちながらも、友達になんて説明したんだろう、とぼんやり高尾は考える。「ちょっと用事があって」なんて曖昧に説明したかもしれないし、「ちょっとクラスの子に頼まれごとされて」ってのも間違いじゃないし。(うーん…なんかこう、サンの友達からしたら俺とサンが一緒にいるのって異様な光景だろうなあ…) 高尾にもそれとなく自覚はある。さんざん向井にも「面白い組み合わせ」と笑われたのだから。普段はどちらかと言うと、騒がしいタイプの女子とのほうが、話が合う。あまりのようなタイプの女子とは騒いだり遊んだりしない。クラスでも大人しいグループにいる女子が、普段どんな話をしているのかさっぱり想像が付かなかった。未知だ。 しかしそれはにとっても同じこと。前までは高尾のことを異世界人だと思っていた。遠い存在。関わりのない位置にいる人。そう思っていた。今は―…少し、違っているけれど。 「…んじゃ、俺らも行きますか」 「あ、うん!」 さっき、お待たせしました、なんて申し訳無さそうには教室へ戻ってきたけれど、実際のところ、ホームルームが終わってすぐに教室を出なくて正解だった。ちょうど人が多い時に昇降口へ二人で向かうのも、なんだかむず痒い。あまり人の目について噂になるのも…お互いによくない気がする。きっとさんが困るよな、と高尾は心の中で呟いて、じゃあ自分は困んねーのかよ、と一人でツッコミを入れる。いやそもそも、こういう時は先に出て昇降口あるいは校門の辺りで待っているべきだったのか。その方が自然だったのか。いやーでもいかにもって感じがしてなんだかな。ちょっと待っててくださいと頼まれて素直に教室で待っていたけれど。(…まあ今更考えても仕方ないか…) いつも通りを装いつつ、少しそわそわしていた二人は、昇降口で靴を履き替えたところで思い出したように「あ」と声を発した。偶然、声が重なる。顔を見合わせる二人。 「そういやさ、サンって今日チャリ?」 「あ、そ、その…今思い出したんだけど…私今朝は歩いて来ちゃって…ごめん…!あ、あのわたし走れるよ!?」 「ぶはっ!走るって何それ、俺がチャリ漕ぐ横を!?無理むり!しなくていーってそんなの!つーか想像したら…ぶっ…ちょお、待って、ツボった…必死過ぎる…!っくく」 「ええっいやその…ご、ごめん…」 「ちょい、門の方で待ってな…?駐輪場からチャリ取ってくっから…」 ぷるぷると肩を震わせながら歩き出したかと思うと、少し離れた所で思い出し笑いをし始めた高尾の背中を見送りながら、「ああ、たぶん自分はおかしなことを言ってしまったんだな」とは恥ずかしくなって顔を覆った。どうも何かと空回りしてる気がする。こんな調子じゃ先が思いやられる。今日一日、彼の役に立つように頑張らなくてはいけないのに。精一杯協力しなくてはいけないのに。一日失敗続きで笑われたら、なんだかもう、恥ずかしすぎる。(変に意気込みすぎるのがいけないのかなあ…)顔が赤いままに小さく溜息を吐いて、とぼとぼ、は言われた通り門へ向かう。すぐに高尾が自転車を押して駆けてきた。おまたせ、と弾んだ声。べつにまださっきの笑いを引きずっているわけではなく、こうやっていかにも「放課後一緒に帰る二人」という図が、新鮮で嬉しいから。 「た、高尾くん、やっぱり自転車押して歩くの疲れない?私走るよ!?」 「ふはっ!まだ言うか!?ヤメテ!せっかく引っ込んだ笑いがっ…くく」 「ごめん…」 「ひー、笑った笑った。いーじゃん、ちっと並んで歩きたい気分なの俺は!気ぃ遣いすぎだって」 「そうかなあ…なんだか申し訳なくて…」 「はいはい。サンは帰りチャリだったり歩きだったりするんだっけ?」 「うん、いつも一緒に帰る友達が自転車だから…でも私、歩いて帰るのも好きで…委員会があるって分かってる日とか、友達と帰りの都合が合わない時は歩いて帰ることもあるよ。家遠くないし…」 「ふーん、そっか。んじゃ今日は、俺とのー…っつーか、あー、いつもの友達と帰る日じゃないって分かってたから、朝も歩いて来たのかー」 「あ、うーん…今朝は特に早く起きすぎちゃって、というか…歩いて心を落ち着かせたい朝だったというか…」 そう話すの声がみるみる小さくなって、前を見ながら自転車を押していた高尾が、ん、と首を動かす。視線をやれば、の顔は完全に俯いていて、黙り込んでいる。どうして?と理由を訊いてもきっと確かな答えは返ってこないだろうし、聞いちゃいけないような気がして、高尾は勝手に自分の中で理由を考えることにした。どうして早く起きすぎちゃったのか。どうして心が落ち着かない、そわそわした朝だったのか。――放課後の自分との予定が楽しみで。とか、そんな理由だったら、すこしうれしい。(なーんて、そりゃ俺だけかなー) 「そういや、俺が初めて『送ってこっかー』って話し掛けた時も、さん、歩きで帰ろうとしてたかもなー」 随分と前のことに感じる。席が近くなる前、体育の授業の賭けをする前、絆創膏を貰ったときよりも、前。放課後、帰り際たまたま目に留まったクラスメイト、ってだけの認識だった時のこと。深い意味なんてなく、ただ、なんとなく声を掛けた。送ってくー?なんて言いながら、断られるだろうなって分かった上での言葉だった。もちろん予想通り断られたので、そっかーじゃあねーなんて軽ーく挨拶をして別れた。いや、あのときもすっごい、必死に首振られたっけなあ。思い出して小さく笑いそうになったとき、高尾はさっきまで俯いていたの顔が、自分の方に向けられていることにふと気づく。きょとん、ぽかん、なんて効果音がぴったりのその表情に、見ている自分も同じような表情になってしまう。 「ん?どした?サン」 「…あ、ううん、あの…ええと…放課後、校門の所で、会った時のこと?」 「そうそう。あの時すっげー必死に首振って超警戒してたよな〜」 「……お、覚えてる、んだ…」 「そりゃまあ…何なに?意外だった?」 「うん…だって、忘れてるかなって。私にとっては大事件でも、高尾くんにとっては、その、全然たいしたことじゃなかっただろうなって…覚えてなくて当然かなって…思って…」 「……大事件だった?サンにとって?」 「…あっ!いや、あの、そそそその、深い意味は無くて、いや、いろんな意味でというか!あの、う、ううんなんでもない!!」 顔を真っ赤にして大袈裟にぶんぶんと首を振るの様子に、高尾は小さく吹き出す。気になるなー、なんてにやりと笑いながら口にすれば、はもっと首を横に振った。どういう意味での「大事件」なのか、なんて、本人しか分からないことだ。本人だけが、「大事件」だった。何故かって勿論、あの出来事が、自分にとっての「高尾くん」という人物の印象を決定づけていたのだから。――もしかしたら、あの放課後の会話が無かったら、ここ最近の「例の夢」も、見ていなかったのかもしれない。そんなふうにすら思う。(だけど、話しかけられたのが嫌なわけじゃなかった) 高尾は高尾で、からかうように笑いつつも、「俺にとっても大事件だったよ」なんて言わなかった。が指摘したように、事実、あの時の自分にとっては、たいしたことじゃなかったのだから。たいした「存在」でもなかった。目に留まったから、気まぐれに声を掛けただけ。数分後にはもう自分の頭の中を過ぎ去った存在。それを後々偶然思い出したのは―…彼女が絆創膏を渡すか迷って結局逃げた時。あれがなかったら、以前放課後声を掛けたことなんて、ずっと思い出さなかったかもしれない。 「…それが今じゃ、こういう存在にまでなってんだもんなー…」 「えっ?…えっ、ご、ごめん…?」 「や、ただの独り言!っつーかそう考えたら、今日の俺ってすげーなって」 「うん…?」 「あのサンと帰ってんだぜ?」 「あ、あの…?」 「そ。一度は断られた、あの!」 面白い発見をしたように、高尾が楽しげな声で言う。子どもみたいな無邪気な笑顔を向けられて、の顔色がもっと赤くなった。 少し前の自分じゃ想像も付かなかっただろう。時間は掛かったけど、本当に一緒に帰ることになるなんて。あの日声をかけた自分は、思いもしなかった。そしてそれは相手もきっと同じで、だからこそ、今のこの状況が、凄いことに思える。ただクラスメイトってだけだった存在が、いつのまにか、こんなにも自分の中で大きくなった。この変化は、一方通行ではないはず。きっと、相手の中でだって、自分の存在は、形を変えているはず。そうだといい。そうだったらいい。 高尾は、「よし!」と掛け声を一つ零すと、自転車を押して歩いていた足を止めた。それに気付いて、も足を止め、高尾の顔を見上げる。首を傾げる彼女に、高尾はいたずらっぽく笑って、一度わざとらしく後ろを気にするように振り返り、すぐにまたの方へ向き直る。 「んー、学校から離れたし、ここらへんからならいいだろ」 「なあに?」 「後ろ乗っていーよ。サン」 自転車に跨ると、後ろの荷台をぽんと叩いて促す。そんな高尾の言動に、びっくりしては目を丸くした。当然のことのように言われたので、咄嗟には言葉が出ないものの、数秒経って「えっ!?」と素っ頓狂な声を上げる。予想していなかった展開に、おろおろ戸惑う。 「あ、鞄貸して。カゴ入れとくからさ」 「えっ!で、でも…」 「あー、絶対安全運転なんで。安心してくださーい」 「や、あの、高尾くんの運転を信用してないわけじゃないんだけど、私、二人乗りしたことなくて…」 「マジで!?偉いな!?」 「ごめん…?」 「いや謝るとこじゃねーし!ははっ、マジでサンって安定のサンだよな〜」 「ご、…えっと…」 「(今絶対ごめんってもう一回言おうとした…)乗りやすいように乗っていーから。まあ、跨いで乗った方が安定はすっけどー…そこは諸々の都合により横乗りでオッケーでっす」 その言葉に、「横乗り…横乗り…」と小さく唱えながら、人生初らしい試みに挑む。首を捻ってその様子を高尾が見守る。だがそわそわと荷台と高尾の顔を見比べるばかりでなかなか思い切って体を預けようとしない。その戸惑いっぷりは、乗るのが嫌だというより、いまいち乗り方に自信が無いようだ。高尾は、ほんとに後ろ乗ったことないんだなー俺初めて二人乗りしたのいつだっけなー、なんてぼんやり考えながら、「どこに手ぇ付いてもいいんだぞー。俺の肩掴んでいいから」と一つアドバイスを送る。しばらく苦戦した後、ようやく高尾の自転車の荷台にそれらしき重力が掛かる。「乗れた?」と訊けば「うん」と返事が背中から返ってくるものの、なんとなく心配ですぐには発進できない。再度首を捻って振り返れば、近い距離で二人の目が合う。 「…サン、手。手」 「て?」 「そ。一応道に気を付けるつもりだけど、結構揺れるかもしんないし」 「あ、そ、そっか!えっと…」 が慌てて自分の乗っている車体のあちこちを見下ろして、掴めそうなものを探す。(斬新すぎるわ、その発想。手強い。ちょっとは期待させてくださいよ)ふう、と溜息吐いて高尾がしばらく何も言わず観察していると、やがて言いにくそうにが高尾に小さな声で尋ねた。 「あの…ごめん、普通みんなどこを掴んで乗るものなのかな…」 「んー?ん〜…そうだな〜、漕いでる人の腰に抱きついてみるとか?」 「えええ!?そんな……じゃ、邪魔じゃない…!?」 「ぶっは!そういう問題!?まじか!!斜め上行きすぎだろ!!」 もちろん毎度のことながらの方に笑わせる気は無いけれど、神妙に「邪魔じゃない?」と尋ねられて、高尾が堪えているわけがなく、堰を切ったように大口を開けてげらげらと笑い出す。てっきり「抱きつくなんて」と顔を真っ赤にするかと思ったのに。そういう狙いで、からかったのに。「いや〜サンやっぱすげえわホントいいわそういうの」と肩を震わせている高尾の大笑いに、まだ微妙に笑われてる理由がピンと来ないもののが耳まで真っ赤にして、口を噤む。やがてひとしきり笑って満足した高尾が、「そういうわけで、手はこっち」と言いながら、の手を取り自分の腰に回させた。不意打ちに心臓が跳ねて思わず引っ込みかけた彼女の手を、逃さずに捕まえる。 「だーめ。服の端っこ摘んでるだけじゃ危ねーんだからさ、しっかり掴まってろって」 「え、で、でも…!」 「サンが心配してんのはー、抱きついてて邪魔じゃないかって事だけだもんなー?俺にとっては全っ然邪魔じゃねーから、問題解決!平気で掴まってられるよなっ」 「…へいきじゃない…かも」 触れたところから、触れられたところから、お互い体温が上がって、その熱が伝って、顔まで火照るような気がした。それでも、ぎゅうっと抱きつく、というほど腕の力は強く出来ないけれど、観念しての腕はしっかりと高尾の腰に回される。手が届く距離というのは、とても近い。腰に掴まっていられる距離というのは、やっぱりもっと近い。(男の子の背中って、広いんだなあ…やっぱり、男の子だなあ、高尾くん)(あー、さんの手の感触、しばらく残りそう)顔が見られなくて、よかった。 心臓の音が聴こえてしまうんじゃないかな、なんて、ちょっと心配になって小さな溜息を吐いたのは、二人とも同時。 「…んじゃ、行きますか」「う、うん…ゆっくり、お願いします…」 |