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目を閉じてしまえば、きっとあの夢を見ると思った。だって頭の中の整理がつかなくて、ずっと、間近にあった高尾くんの顔ばかり思い出してしまう。こんな状態で眠ったら、きっと夢の中にだって彼は出てきてしまう。いや、迷惑がってるんじゃなくて、私が、彼を出させてしまうというか。高尾くんは何も悪くなくて。本当に、なにも。 だって、違うにきまってる。私の勘違いだ。高尾くんが、私に、キスするわけないんだから。キスしようとしたはずがない。何かからかおうと顔を覗き込んだだけだと思う。それか、優しいから、顔に何かついてて取ってくれようとしただとか。きっとそういう行動だった、あれは。なのに私が、勝手に、キスされるなんて恥ずかしい思い違いをして、大袈裟に顔を背けて、高尾くんが謝った。あのときの彼の「ごめん」という声が、耳に残っている。驚いたような声。焦ったような声。「そんなつもりじゃなかった」と私に申し訳なく思うような、そういう声だった。思い出して胸が痛む。私はどうしていつもいつもこうなんだろう。あんなに優しい男の子に、あんな声を出させてしまうんだろう。 私がいつも見る夢のせいで過敏になっていただけ。私のせいだ。自分の気味悪い妄想をこじらせてあんな夢を見てしまうだけに収まらず、現実の高尾くんにまで、自分の妄想や願望をこじらせて迷惑をかける。 ああもう、もう、なんで、繰り返しじゃないか。夢のこと、気にしないよ大丈夫だよって高尾くんが言ってくれて、嫌いになりたくないしお互い気にしないことにしようってあのとき言ってくれた、軽くなった、なのに、なのに。 前向きになれた気がした。いろんなことが変わった気がした。 本当は私、何も変わってないんじゃないか、って。 そんなことを考えていたら、あの夢を見るのが怖くて。あの夢の中の高尾くんの言葉の続きを聞くのが怖くて、申し訳なくて、つらくて、瞼が落ちそうになるたびに無理やり飛び起きた。 「ってば、せっかく早起きだったのに準備はのんびりねぇ。早起きしたから早めに学校行こう!って気持ちにならないの?」 「うん……ちょっとね…」 「びっくりしたわぁ。お母さん起きてきたらもうキッチンにいるんだもの。何時に起きてたんだか」 「ほんと…何時に…何時間…起きてたんだか……」 「ほんとに、……えっ」 「…」 「?寝てないの?」 お母さんが恐る恐るそう訊ねるので、私はぎこちなく首を動かして目を逸らした。さっきまで早起きを感心するようなご機嫌な声だったのが一変、慌てて「どうしたの?何があったの?」と心配してくる。「昨日帰ってきてからも様子がおかしかったし、学校で何か嫌なことでもあったの?」なんて続けられて、ちょっぴり罪悪感すら感じてしまう。首を振って笑って、なんでもない、大丈夫、ちょっと小テスト対策で張り切りすぎて徹夜しちゃった、と苦しい嘘を吐いた。心配してくれるお母さんには申し訳ないけど、本当のことなんて言えない。どう説明していいのかも分からないくらい、自分の頭の中がまだぐちゃぐちゃだ。 「寝てないんじゃ体調だって万全じゃないんじゃない?今日お休みしたら?」 「そ、それはだめ!絶対!」 そんなことしたら、まるで、昨日のことが気まずくて、顔が見たくなくてお休みしたみたいに思われちゃうかもしれない。高尾くんが、きっと気にしてしまう。想像しただけで胸が痛む。それはだめだ、それだけは、絶対だめ。私の力強い否定に、お母さんが目を丸くする。慌てて、「だってせっかく勉強したのにお休みしたら意味無いよ!」なんて子供みたいなわがままを言った。誤魔化すように、信憑性をもたせるように、私は黙々と家を出るギリギリの時間まで単語帳カードを眺める。何か頭を働かせてないと。別のことを考えていないと。時計の針は止まることなく、家を出る時間に少しずつ迫っていく。大丈夫、大丈夫。いつも通り。きっといつも通りに過ごせるはず。きっと。私がいつも通りにしていれば、きっと、嫌われないで、過ごせるはず。 今朝鏡の前で、すこし迷って、制服のポケットにしまったヘアピンをそっと取り出して眺める。ぎこちなく話を切り出した時の顔、ちょっと茶化して笑わせてくれたときの顔、「似合いそうだなって思った」って言ってくれた声、「笑った顔、いいな」って、言ってくれたときの声。全部思い出して、掴まれたみたいに胸がぎゅっとする。やっぱりそれを髪につける勇気はでなくて。目を閉じて、教室に入ったとき笑って「おはよう」を言うための練習を、心の中でずっとずっと繰り返した。 |