「おっはよーっす!おー高尾ーどうだったどうだった?昨日のデート?夜LINEしろっつったじゃんなんであたしに報告しないわけ?やーまあいいや。そんで?どうだった?進展あった?オッケーだった?」
「向井〜…ほんとおまえって…おまえだよな〜…」
「な〜に〜?教えろよ高尾〜!」

なんでこんなテンションたけーのこいつ。なんでそんなに浮かれてんの。教室入って席に着くなりニヤニヤしながら昨日の出来事について聞いてくる向井に、俺は深い溜息を吐く。ほんと、深い溜息を。構わずうりうりと肘でつついてくる向井。俺が照れ隠しで何も報告しなかったとでも思ってんだろうか。普通気付こうぜこの和成クンがここまで落ち込んでたらさ?いい報告が待ってるわけなくね?頭の後ろをがしがし掻いて、もっかい溜息吐いて、無人のさんの席をちらりとだけ見て、そんで…やっと向井と目を合わせる。

「……なんだっけ、向井。連絡先ゲットしたら50点だっけ」
「そうそう。告った?ついに?100点取っちゃった?」
「あのさ、どっからその『イイ報告しかないだろ』みたいな自信?湧くの?」
「えー?だってもういいじゃん?いい加減?そろそろ進展あるっしょ?みたいなさー」

あははと笑う向井に、また溜息吐きそうになった。応援、っていうかまあ、見守りポジションの奴の余裕。けどそりゃあ俺だって向井のポジションにいたらそういう台詞を吐いて、おもしろおかしく展開を予想しながら相手の肩をばしばし叩いていたのかもしれない。他人事っておそろしい。わくわくしながら俺の報告を待っている向井の顔を見ると、なんか申し訳なくなってくる。

「…連絡先ゲットしたら50点で告ったら100点ねぇ」
「合格点は80点って言ったじゃん」
「はは。それ告らなきゃ駄目ってことじゃんかよ。…はー、なるほど」
「…」
「…」
「え、なに?なに?」
「や、告ってはない。してない……けど……」

さすがに異様な空気を察したのか、ざわざわし始める向井。はー、とか、あ〜〜とかしょぼくれた声をあげながら、俺は机に突っ伏した。がしがし頭を掻いて、覚悟を決めてから顔を上げた。上げた、っていっても、ちらりと向井の顔色を窺うように、机から顔をちょっと離しただけだ。覚悟決めたくせに、ちょっとこう、おそるおそるっぽい感じで、尋ねた。

「……キス」
「…は?」
「しそうになった、けど、してない…って、何点?」
「……」
「……」
「マイナス100点」
「ですよねー」

さっきまでニヤニヤしていた向井が、スッと真剣に…というか、冷めた目になって、ストレートにマイナス評価をつけた。めっちゃ一気に声のトーンが変わった。

「超意味わかんないんですけど。は?付き合ってもない告られてもない相手に襲われるとかマジ無理だし」
「待て待て待て!襲うっておかしーだろ言い方!誤解を招くわ!」
「だぁってアンタ忘れたの!?チャンそのテのおふざけに超超敏感だったじゃん!チューしちゃえ〜って言ってあたし一回泣かれてんの見たでしょ!?」
「ちげーんだって!今回のはっ!ふざけてじゃなくて、あ〜〜っ!なん…っつったらいいのかな〜〜」
「ハァ?」
「…いや、スンマセン…言い訳できない…マジで。ドン引きだと思う。自分でも、それはねーわって思う。マジで最低なことした」

後悔は昨日一晩たっぷりした。自分のしたことを思い返して。…、…いや、それ以上にさんの真っ赤になった顔とか可愛い反応とかそういうの思い出してばっかだったかもしれないけど。でもそれくらい、その表情や思い出を大事にしてるくらい、壊したくないってことだ。さんとの関係を、悪くしたくない。嫌われたくない、と。いや虫がよすぎるか。もう昨日ので嫌われたと思うから、謝りたい。もう一回、「嫌いじゃない」ところまで修復したい。
…いや、ちがう。「嫌い」でも、「嫌いじゃない」でもなくて、できればもっとイイ関係に。

「……まあ、あたしもよく事情知らないままキレちゃったけど…なんか、ちゃんと反省してる感じ?」
「…してる。朝イチで頭下げようと思ってる」
「マジ?超覚悟決めた顔してる。土下座?動画撮っていい?」
「ふざけんな」
「あーごめんふざけた。まー…ふうん、そこまで反省してんならいいんじゃん?許してもらえっといいね」

もっとぎゃあぎゃあつつかれるかと思ったけど、向井はそれ以上言ってこなかった。一応、反省の色が見えてくれてるらしい。そりゃ向井に分かってもらえたところで、当のさんに許してもらえないと意味が無いのはわかってる。だからこそ今朝は早めに教室に来た。…が。

「…でもさあ、チャン来なくない?あの子学校くんの早い時はめっちゃ早いんだよね」
「……家ちけーもん」
「げっ!家行ったの?」
「送ったの!」
「てかさ、謝る以前にチャン学校休むんじゃね?みたいな」
「あ〜〜向井〜〜考えねーようにしてたのになんで言うかな〜」
「だって気まずいじゃん?やば〜学校来れないとかチャンかわいそ〜」
「励ますか追い打ちかけるかどっちかにしてくんない?」

と、そのときだった。人が入ってくるたびにちらっと横目で見ていた教室の扉に、待っていた人物が現れたのは。あ、と向井も声に出した。思わず立ち上がる。さんがすこし俯きがちに、自分の席へ向かおうとする。ああやっぱり気まずく思ってるに違いない。前みたいに、俺の顔を見るなりびくびく後ずさるかもしれない。挨拶したって無視される可能性だってある。けど、それでも、だ。

さ、」
「おはよう!高尾くん!」

近付こうとした俺に、さんはそれまで俯いていた顔をパッと上げて、はっきり、元気よく、そう挨拶した。これには俺も向井も驚いて、固まった。構わずさんは自分の席へ着いて、「向井さんも、おはよう!」と挨拶する。固まっていた向井は、「へっ、ああ〜、うん、おはよ〜?」となんともぎこちなく挨拶を返す。
あれ?と思わず心の声が口から出そうになった。もしかして、昨日の出来事は俺の夢オチ?自分のイメトレとはまったく違う事態に、頭がついていかなかった。
…いやいや、違うだろ。そんなわけあるか。俺は改めて、さんのほうへ向きなおる。

さん、昨日は」
「昨日はごめんなさい!」

いやいや、いやいやいやいや。なんでサンが俺に食い気味に被せて謝ってんの。なんだこの状況。本当に自分のイメージトレーニングが役に立たないことを実感した。向井が呆然と俺とサンのことを見てる。それを気にしている暇も無く、「えーと、ちょい待ち、えー…サン?」と俺は額に手をあてながら頭の中を整理する。

「いや、謝るのは俺のほうで、サンが謝る意味がわかんねーっつーか…」
「ううん。昨日別れ際私の勘違いで変な空気になっちゃったから…本当にすみませんでした…」
「勘違い、って…」
「え、だ、だってチャン、高尾にキスされそうになったんだよね!?」
「なってないなってない!」
「えっ」

向井が思わず口を挟んできた。しかしそれに対するサンの全力で手をぶんぶん振って否定する様子に、俺も向井もますます混乱した。「本当に自意識過剰で、お恥ずかしい限りで…」と腰を低くして俺と向井にぺこぺこして。いや、なんでだ。キスされそうになったのは事実だろ。なんでそこ否定してるんだ?

「…あの、さ。サン、何か勘違いしてねえ?」
「あ、うん!ヘンな勘違いしてしまったので!ごめん、嫌な気持ちで帰らせてしまって…」
「いや、それはこっちのセリフなんだって。ほんと謝んないと俺の気が済まないから、謝らせて」
「え…」
「昨日はいきなりあんなことしてごめん。けど、あれは…」
「大丈夫わかってる!あの、では、お互い謝ったので、おわりにしません、か?」

え、と何度目かの困惑。さんの、ぎこちない笑顔。あ、なんか、無理させてる。それに気付いたら、俺は続ける言葉を見失った。

「あっ、もちろん私が悪いので高尾くんは全然悪くないんですけど!でも高尾くんが謝らないと気が済まないって思ってしまっているなら、それは、その、しっかり受け取りましたので…もうじゅうぶん…!私の謝罪は足りないくらいかもしれないけど…」
「…いや、謝んなくていいって」
「あ、ありがとう……、…ごめん…」

その最後に小さく付け加えた「ごめん」が、一番聞いててつらかった。ああそうか彼女は、「なかったこと」にしたいのか。もうこれでこの話はおわり、って。何事も無かったように振る舞うのが正解だ、って。それは、俺にとっても悪い話じゃないはずだ。嫌われたのを元通りにしたい、っていう最初の目的は果たせるわけだ。「何事もなかったように」さんは振る舞ってくれるっていうんだから。それになんか分かんないけど本当にさんは自分にも非があると思っていて、俺のことを許してくれるらしい。そもそも怒っても嫌ってもいないらしい。

「なんかよくわかんないけど、よかったじゃん高尾!気にしてないってさ!」

向井がばしばし叩いてくる。そうだ、これはきっと好都合なんだろう。俺はなんにも答えずに、黙り込んだ。それからは本当に、何事もなかったかのように、通常運転な光景が繰り広げられる。「うわーチャンそれ次の小テストの勉強?やばいね?」「ううん、自信なくて詰め込みすぎちゃった」みたいな会話。真ちゃんが来て向井がちょっかい出して真ちゃんがなんか返してさんがそれ見て笑って。――で、ちらりとさんがこっちを見た気がしたけど、目は合わなかった。
リセット?…俺は「彼女にキスしようとした自分」を、なかったことにしたかったわけじゃない。認めて、謝って、理由を話したかったんだ。先に進みたかったんだ。

「嫌い」でも、「嫌いじゃない」でもなくて、「好き」になってほしい。