|
今日一日、ずっともやもやしていた。さんはべつに、俺を過剰に避けるとか無視するとか、そういうわけじゃない。向井や真ちゃんが間に入ってるときは普通に話すし、べつになんにも、おかしくはない。けど、俺と一対一ではあまり話そうとしなかったり、痛々しいくらいすげー無理して明るく喋ったり。なんか、いっそ分かりやすく避けられてしまったほうがマシだったかもしれない。今の状況、謝る機会すら貰えないんだな。 いや、機会が貰えないんだったら自分で作れっつーの。帰りのホームルーム終わりに、俺はさんの方を振り返る。一瞬ばちっと目が合ったと思ったら、すぐにその視線が逃げていった。名前を呼びかけたそのとき、横から向井が俺の腕を引っ張った。 「なんだよ〜、向井〜…」 「高尾、今日部活あんの?」 「そりゃあ、あっけど」 「ふーん。あ、チャン委員会の呼び出しあるんだよね?いってらっしゃーい」 「あ、うん、行ってきます……た、高尾くん、も…」 さんが躊躇いがちに、俺を見た。さっき逸らされたばっかりだったから、ちょっと驚いた。「部活、頑張って…」 ああ、なんかすげー、頑張って言ってくれたんだろう。言わせてしまったんだろう。多分この子ん中で昨日から今までずーっと、「このままじゃだめだ」とか、いろいろ葛藤があって。さっき目ぇ逸らしちゃったから挨拶くらいちゃんとしなきゃとか、そういうので。 「…ん。サンキューな、サン」 昨日、一緒に昇降口へ向かったのも、自転車に二人乗りしたのも、夢だったんじゃないかってくらい。普通のクラスメートの別れ際の挨拶。俺たちの関係って、なんにも進展ない。変わってない。それを実感して、ちょっとへこむ。じゃあまた明日、と軽く挨拶して、真ちゃんにも一言挨拶して、さんは教室を出ていく。向井はその間なぜか、俺の腕掴んだまま。 「……んで、なんスかねえ〜?向井サン。俺、サンにちょっと用あったんデスけどね〜……お前のせいで引き留める暇なくて帰っちまったじゃんか!いや委員会あるらしいしどっちにしろ無理だったけどな!」 「まあまあまあ、いいじゃん。ちょっと時間潰…いやあたしと話そーよ。話があんのよ」 「はあ〜?」 「ね、緑間!高尾今日部活遅れるってバスケ部に言っといて」 「いや勝手だな!?」 「よく分からんが俺は先に行くぞ。…周りに聞かれたら答えておいてやるのだよ」 「…おー、ワリ。言っといて。クラスのやべー女子に校舎裏呼び出されてまーすって」 わざわざ引き留めてからじゃないと話せない何かがあるらしい。軽く茶化して言いつつも、まあ、聞いてやるか、と部活に遅刻することを受け入れる。いや昨日もオフだったし今日は行きてーけど、なんか話があるっていうなら聞いとく。サンの件で、まあまあ向井にはいろいろ借りっぽいのもあるし。 真ちゃんがカバン肩に背負って、教室のドアに向かうのを見届ける。そんで、向井の方を見た。「で?なに?」って目で尋ねる。べつに今更向井と甘酸っぱい展開になるとは微塵も思ってないけど、何を話されるかは全然予想がつかなかった。 「……あー、なんていうかさ〜……」 「おう」 「…あー、べつに考えてなかったな〜……」 「……」 「…」 「はっ?え?何?俺部活行っていースか?」 「いやいやいや!ダメ!もうちょっと待って!チャンが、」 「サンが?」 すかさず飛びつくみたいでなんかハズいけど、思わずその名前を繰り返す。向井はハッ、と一回固まって、口ごもるように誤魔化して視線を泳がした。しばらく、「えーと」「だからさー」とか時間を稼ぐような言葉を口にして、マジでどうでもよさそうな雑談をする。ゲームの話、昨日カラオケで歌った歌がどうこう。そんでそのうち引き出しがなくなったのか結局、何か腹を決めたみたいに真剣な顔作って、俺の方を見た。気づけば教室内には他に誰もいなくなった。 「高尾ってさー、チャンのこと好きなの?」 あんまりにもストレートに飛んできた言葉。だけどいつもみたいにニヤニヤからかって、じゃない。 「……すげーいきなりだな」 「んー、うん。なんか今まで結構からかってきちゃったけど、そういえばまともに聞いてないな、って」 「ほんと、今更じゃねえ?」 「うん。今更なんだけど」 「……」 「でもちゃんと聞いとかないとダメっぽい」 何がダメなんだよ、とへらっと軽く笑ってつっこんでも、いつものふざけた感じにはならなそうだった。それくらい、向井は珍しく真剣に聞いてくる。ここで茶化しちゃいけない、みたいな決意を感じて、いや、なんでだよいきなりだな、って俺の方こそ妙にむず痒くて雰囲気を変えたくなる。けど、やっぱりそれを向井が許さない気がした。 「いや、からかってたあたしも悪いよ?」 「……いや、まあ、べつに向井が悪いってわけじゃねーけど」 「でも高尾もさ、はっきり言わないじゃん?」 「…は、」 「誤魔化すの、やめない?気持ちはっきりさせとかない?」 責めるわけではない。けど、これ以上誤魔化すこともさせない。そんな感じだ。 「……なんかあった?向井」 「まあまあ」 何か無きゃ、いきなりこんな雰囲気にはなってねーだろうけど。まあまあ、とか曖昧に言われて、深く内容を突っ込めなくなる。けど、「何もない」とは言わなかった。素直に、「あった」と認めてる。それは、さんと何か喋ったのかもしれないし、急に何か思いついたのかもしれないし、「まあまあ」って言葉はやけに便利だ。俺は頭の後ろを掻いて、無意識に視線を泳がせた。窓の方。 「え、逸らすの?答えらんないの?」 そこで初めて少し向井の声がムッとしたものに変わる。「あんたの方が答え出せないの?そういうのじゃない、ってまだ言う?」 答えなら、出てるはずだ。けど、たしかにまだ一回もはっきりとは言葉にしていない。いやもうほぼ言ったも同然じゃん、みたいな。もう自分でもわかってんじゃん、みたいな。そんなふうにして、「はっきりと」は、出してなかった。 視線を、向井の方に戻した。けど廊下に 今ちらっとなんか 「あのさあ、前に言ったの覚えてる?あたしはなんか覚えてんだよね。『サン相手に下心とか持てません〜』みたいな、『サンのことはそういうふうに見れません〜』みたいなこと高尾が言ったの」 「……ちょい待ち、今ひとが来、」 「今も変わってないわけ?本当にそういう目で見てないって言える?からかってるだけ?」 「向井」 「あのねえっ、チャンがどんな気持ちで…」 「っ向井さん!!」 ガラリ、教室のドアが開いて、俺も向井も顔をそっちに向けて固まった。沈黙が流れた。俺たちの視線の先にいたのは、今俺と向井のしていた話の、中心の、張本人だった。そんなでかい声を出すところなんて、なかなか見れないはずの。 頭が真っ白になる。多分同じように固まっている向井も、それまで興奮気味に話していた台詞の続きを見失ってる。さんの顔が赤いんだか青いんだかも、見えてるはずなのによく分からない。嫌な予感を振り払いたくて、自分の頭が考えることを放棄してるみたいだった。 けど、放棄しようが時間は流れてる。さんの震えた声が、それを教えてくれる。 「下心、あるのも……そういうふうに見てるのも、そういう、恥ずかしい奴なの、全部私の方だから…!」 「……さん」 「高尾くん…、…ごめんなさいっ!!」 謝る言葉を聞くの、本当に本当に、何回目のデジャブだろう。やっぱり泣きそうじゃん、いやもうむしろ泣いてるじゃん、俺が泣かせてるんだ、いつも。勢いよく頭下げて、顔を上げた次の瞬間には走り出してその場から逃げていく。デジャブだ、これも。俺はガタンと乱暴な音と一緒に椅子から立ち上がって、それを追いかけようとした。けど、また腕が引っ張られる。なんで。お前、このタイミング、なんでだよ。おかしいだろ。追いかけさせるだろ、普通。 「向井お前さあ…!」 「いやゴメンゴメンゴメンまじで今のは違うのめちゃくちゃミスったの!!あたしのせいです!!」 「だろうな!?」 「こんなはずじゃなかったんだって!!チャン、委員会の呼び出しあるけど確認したらすぐ終わるっていうから!今日一緒に帰ろう教室で待ってるねって言ってさ、そんで高尾のことも教室に引き留めておいてさ、チャンが教室に戻ってきたら高尾がいて、びっくりしてるところをあたしが『じゃあ後はお二人で頑張りな』ってかっこよく教室を去っていく…つもり……だったんだって!!」 「あ〜〜、あ〜〜〜っそう!オッケーお前がやろうとしてたことはわかった!けどな、上手くやってくれよそこまでやんなら!!つーか、腕!」 本当に、ヘンな世話やいてばっかじゃんお前。本当はけらけら笑って見てたいだけの奴のくせに。張り切りすぎなんだよ、そのせいで損な役回りになりすぎだろ、向井。本気で自分の失敗だと責任を感じたのか、俺の腕を引っ張る向井の顔には焦りとか申し訳なさとか、そういうのが見て取れる。けど、それに反してやっぱり腕は離さない。行かせるもんか、くらいのはっきりした意思を感じる。 なんだよ、今度は何がしたいわけ。もう十分わかったし怒ってねーし、謝んなくていいっつーか、はやく、(はやくあの子を追いかけて、俺は、) 「答えっ!まだ出てないんだったら追いかけないで!!」 は、と俺は言葉に詰まって、その場から一刻も早く動かしたかった足が、床に縫い付けられた。 「追いかけたところで、またなんかその場しのぎで誤魔化すんだったらやめて。それ、余計にちゃんが可哀想になる。そんなことするくらいなら、追いかけないで。あたしが代わりに行くから。絶対ちゃんといろいろ誤解は解くって約束するから。大丈夫、信じて」 「……向井…」 「…いや今さっきめっちゃ失敗したから信用ないかもしんないけど〜……けどどうにかするから!!」 「……」 俺の腕にしがみついたまま、向井の目は真剣だ。俺はなんだか改めてしばらく、その顔を見てしまう。本気なんだろう。俺がここに留まれば、俺の代わりにさんを追いかけて、そしてどうにか追いついて、謝って、こいつなりの一生懸命な言葉で励ますんだろう。そんで、どうにか俺の信用も回復させようって、ああだこうだ、もしかしたら余計なことまで言って、取り持とうとする。想像がついた。もしかしたらそれもありなのかもしれない。俺が何か言葉をかけるよりずっと、さんは素直に、向井の言葉を耳に入れるのかもしれない。 「向井、お前さ」 「うん」 「すげーイイヤツじゃん」 「……え?うん。今更?」 「ぶはっ!自信ありすぎだろ!なんだその『当然ですが?』みてーな顔!」 「は?当然なんですけど?え、それよりちょっと、あたし真剣に言ってるんだけど?」 「や、わかってるわかってる!けどやっぱ俺が追いかけるわ」 「はあ!?ひとの話聞いてた?」 「聞いてた」 茶化さない、けど、笑いながら。 「だから、俺が追いかける」 俺の言葉と、浮かべている表情に、向井が目を丸くする。俺のそのときの笑顔は、きっと向井の自信を半分わけてもらったんじゃないかっていうくらいの、不敵な笑みになってたと思う。だから向井はやがてそれがうつったみたいにニイっと口角を上げて、おもしろいじゃん、みたいな顔をする。ほんと、お前って。 「よし! さっさと追いかけろ、高尾!」 引き留めてた腕を離して、そのかわりに思いっきり背中を叩いてきた。思いっきり。いてーな!って言ったつもりが、声になったのは違うせりふだった。 「ありがとな、向井!」 後はもう、走り出すだけ。さあ追いかけっこだ。逃がすもんかよ、逃げるもんかよ、今日こそは。 |