「ねぇ、マミ」
「なぁに?」
「手、繋ごうよ」

学校帰り、いつもの道を二人で歩く。なんてことはない日常で、だけど何よりも幸せな時間だ。隣を歩くマミはいつもみたいに微笑んで、私の顔を覗き込む。「甘えん坊さんね」と、くすぐったい声。マミの声は凛としているのに優しく響く。
マミだって寂しがり屋で甘えん坊のくせに。でもそんなマミは私しか知らないから、べつにいいんだ。私はにっこりと笑みを浮かべて、マミの手を取った。ぎゅっと握って、歩き出す。ぶんぶんと上機嫌に振り回しながら。マミだって嫌がってなんかない。ふふ、と楽しそうに笑うから、私だって楽しい。幸せだ。

「マミの淹れた紅茶と、私の新作ケーキは絶対相性が合うと思うんだ!」
「あら。また新しいケーキの開発?今度はどんなのを作るつもりかしら」
「今度のはね、見た目は普通のショートケーキだけどスポンジと生クリームに一工夫くわえてあってね」
「まあ、おいしそうね。私好きよ、ショートケーキ」
「よかった!マミのためにケーキを作るんだもの。好きじゃないと困る!」
「あなたの作ったケーキは全部全部好きよ?きっと素敵なパティシエさんになるわ」
「でも最近マミもケーキ作りの腕上げてきたからなぁ〜…マミの味に勝てるかなぁ〜」

繋いでいた手の指を絡めあって、くすくすお互いに笑う。マミの淹れる紅茶はすごくおいしい。そして、私の特技っていったらお菓子作りくらいだ。紅茶を淹れるマミと、お菓子作りの好きな私。マミもお菓子作りが上手いから、美味しいケーキを作る。それでもマミは私のケーキを食べたいと言ってくれるし、私はマミの淹れてくれるお茶が大好き。だからこうやって、マミの予定が空いた日に二人でお茶会を開く。優雅なマミらしいでしょ。私には少し似合わない響きだ。お茶会、なんて。

「うらやましいな。パティシエさんっていう素敵な夢があって」
「マミだってその気になれば目指せるよ」
「そうかしら」
「そうだよ!…あ、いいこと思いついた!私とマミでケーキ屋さん開こうよ!ケーキも紅茶もとびきりおいしい、大人気店になっちゃうと思うね!」

素敵ねぇ、それ。マミがうっとりと、だけどどこか遠いものを眺めるように呟いた。素敵だけど、かなわないんだろうなぁ、といわれてるようで。私は手を繋いだまま、肩をぴったりとマミに寄せた。マミからはいつもいい香りがする。女の子の中の女の子だ。美人だし、スタイルもいい。マミはやっぱり少し笑って、なあに、と目できいてくる。私は少し口を尖らせて、文句を言った。

「また『魔法少女は遊んでる暇も恋する暇も夢を見る暇もない』って思ってるんでしょ」
「…そんなことないわ。魔法少女は、希望を振りまかなくちゃ。夢くらい見るわよ」
「なら、見てよ。私と一緒の夢。遊ぶのだって、その気になれば恋だって、私とできるのに」

やっぱり、甘えん坊は私のほうなのかもしれない。マミの手をぎゅっと力をこめて握って、肩を寄せたまま離れない。マミは少し困ったように「もう…」と小さく呟いた。「でもありがとう」と、柔らかく微笑み、手を握り返してくれる。その笑顔を見て、先に恥ずかしいことを口に出したのは私のほうなのに、もっともっと照れちゃうような、嬉しい言葉をもらった気になる。マミの手のぬくもりが心地良い。

「だってね、今の私は魔法少女のお仕事で手一杯なんだもの」
「…そんなの、マミひとりじゃないのに。他の人に任せちゃえばいいのに」
「そうもいかないのよ。契約した限り、私の義務なの」
「どうして?怖い思いしてまでどうしてマミだけ頑張るの?私そのきゅうべぇってやつ、嫌い」
「もう…どうしてそこでそういう考えになるかなぁ。私、あの子と契約してなかったら、ここにいないわ」

そんなの、しってる。マミが死んでしまっていたらと思うと、すごく怖い。今この瞬間、触れているあたたかさがなくなってしまうことを考えると、とてもじゃないけど正気じゃいられない。マミは、この町の平和を守る正義の味方だ。魔法少女だ。その話は、知っている。不思議な生き物と契約して、魔法少女になったんだ。そのおかげで、死ぬはずだったマミの運命は救われた。何度も何度もその話は聞いた。実際に魔法少女に変身したマミを見たことだって何度かある。だけどマミが言うには、「魔法少女は遊ぶ暇も恋する暇もない。あんまりいいものじゃないよ」らしい。分かってる。マミが私と遊んでくれるのは本当に、暇があったらだ。それ以外はだいたいマミは、魔女探しに出かけている。放課後、いつも。

どうして青春真っ盛りの女の子であるマミが、こんなに日常をすり減らしてまで町を守らなくちゃいけないのだろう。どうしてマミだったんだろう。契約したのが。契約しなかったら死んでいたというのなら、どうして死ぬ運命を神様に与えられてしまったんだろう。どうして、マミだったんだろう。ひとりになるのが、マミじゃなくちゃいけなかった理由なんて。

「私ね、と仲良くなれて嬉しいの。大好きよ。家族も、仲間も、友達だっていない私の、唯一の大切な人」
「ほんとう?」
「本当よ。あなたがいるだけで、一人で戦うのも怖くない。町を守るのは、あなたを守ることにだってなる」

だから全然へっちゃらよ。自信満々にそう胸を張るマミ。私は嬉しくなって、思わずぎゅっと抱きついた。びっくりしたマミが一度鞄を落とした。「マミは強いね。かっこいいよ!大好き!」何度言ったか分からない言葉を今日も今日とてマミに捧げては、胸を高鳴らせる。

「私もマミと一緒に戦えたらいいのに。マミが怖い思いをしてるとき、一緒にいられたらいいのに」
「…、…そればっかりは、ね。選ばれた女の子しか、できないんだと思うわ」
「…きゅうべえってやつ…なんなのよ。私を選べばいいのに」
「ふふ。伝えとくわ。…でも、いいのよ。あなたがわざわざ危険な目にあわなくても、私が守るから」

(ごめんね、ごめんね。これは嘘。私の強がり。格好つけたいだけなのよ)
(本当はね本当は、怖くて怖くてたまらないの。一緒に戦ってくれる誰かがほしいの)
(あなたが一緒なら、って何度も考えたわ。一緒だったら、って)
(だけどあなたが信じてくれるから、私、ひとりで隠れて泣いてるの、ごめんね ごめん)
(だいすきよ。だから)(一緒に戦って欲しい)(巻き込みたくない)


マミのマンションのすぐ目の前まできたところで、私達の後ろから声が聞こえた。「マミさん!」と、呼ぶ声。私とマミはほぼ同時に振り向いて、そこには赤いリボンのついた、可愛らしい下級生がいた。マミから話を聞いていた、最近きゅうべえってやつにスカウトされているらしい、二年生の子だ。その子はマミに駆け寄って、走ってきたせいで乱れた息を整えながら、「さやかちゃんが」「結界が」と繰り返していた。私は横で聞いていても分かるようで分からないような内容のお話で。マミの表情がどんどん真剣に、険しいものになっていくのを見守っていた。やがてマミは大きく頷いて、私のほうを振り返った。

「ごめんね、!お茶会はまた今度になっちゃうわ」
「えぇ〜…」
「そんな顔しないで。この埋め合わせは絶対にするから!」
「本当に?」
「本当よ。とびきり美味しいお茶を用意するし、あなたのケーキも一人でたいらげちゃうんだから」
「絶対だよ、マミ」
「ええ。絶対の絶対」
「分かったよ…じゃあマミ、魔女退治…頑張ってね!」
「ありがと!」

にっこり笑ったマミは、ふっと真剣な表情に戻って、後輩の子に向き直った。「さあ、行きましょう」と声をかけて、今私達が歩いてきた道を引き返していく。後輩の子は一度私に頭を下げて、ぱたぱたと駆けて行った。私は二人の背中を無言で見送った。取り残された気がした。せっかく用意したケーキの材料も、次回に持ち越しだ。寂しいけど、よくあることだった。初めてじゃない。だから、平気だ。明日になればまた、マミに会える。マミの紅茶も、ケーキも、また今度。

(そうだ。毎日マミは魔女退治でお疲れなんだ。疲れには甘いものだよね。明日はお菓子、学校に持っていこう)


それがマミと会った最後だった。

魔法少女のマミは消えた。



マミは死んだ。



目覚めるまでは
悪夢じゃなかった


「君は、マミにもう一度会いたいんだね。とても大切だったんだね」
「ねえ。僕と契約して魔法少女になってよ。そうしたら君の願いは叶えられるよ」

さあ、きみのねがいは?