「……悪い」

 はっきりと謝るつもりだったのに、叱られて拗ねる子供みたいに、ぼそりと小さな声になった。べつにはオレを叱ってなんかいない。それどころか笑っていた。直接顔は見えないが、声で表情は想像ついた。オレのバツの悪そうな声を聴いて、苦笑している。電話の向こうで。「べつに気にしなくていいのに」と。

「…どうしても外せない仕事で…」
『うん、分かってるよ』
「いや、だからってべつにの誕生日が仕事と比べて大事じゃないってわけじゃないからな」
『分かってる分かってる』
「埋め合わせは必ずする」
『大丈夫だってば』
「……怒ってない、のか?」
『怒ってないよ』

 オレが何を言っても、は笑って「大丈夫だよ」「気にしないで」と返す。オレから取り付けた誕生日当日の約束を、「悪い、無理になった」と話しても。オレだけが気にしてるみたいに、はなんにも問題ないことのように笑う。オレが気にしすぎなんだろうか?けど誕生日だぞ。あんなに必死にプレゼントもプランも考えて、毎年意地でも当日に祝ってたのに。本当に1ミリも気にしてないのか、それともオレが気にしないようにが気を遣って笑ってくれてるだけなのか。考えれば考えるほどに、もやもやする。不甲斐なさ、やるせなさ、それもある。電話で謝るだけで、直接顔を合わせて謝ることができないのももどかしい。考えていたら少し沈黙してしまった。はっとして、気を取り直すように、その沈黙を埋める。

「その、そっちは最近どうなんだ?忙しくないのか?」
『うーん…まあまあ、かなあ』
「そうか。…あー…」
『……』
「あ、あれだ。…飯はちゃんと食べてるか?」
『ふふ…うん、大丈夫』
「…ん」
『……』
「…」
『…天馬くんは?』
「オレは…ちゃんと食べてる」
『ううん、天馬くんは、ちょっと怒ってる?』

 怒ってなんかない、なんの話だ? と、即答できなかったせいで数秒黙ることになる。ぐ、と唇を結んで、でも結局観念したようにハァーっと溜息を吐いた。のそういうところには敵わない。即答できなかった「べつに、怒ってない」を口にしてから、一呼吸置いて、「ただ…」と付け加える。が全く気にしてなくても、オレに気を遣ってても、どちらにせよ、だ。

「…オレは、本当に当日に祝いたかった。それが出来ないのは自分の都合だってことくらい分かってる」
『……うん』
「…だから、だな」
『うん?』
「演技でもいいから、少しはオレに怒ってくれ」
『えっ』
「…、オレだけへこんでたらオレだけが楽しみにしてたみたいだろっ!?」

 やけくそに少し大きめの声で言ったら、電話の向こうがしーんと静まり返った。変な言い方した。大きい声を出してしまったが、本当に、怒ってるわけじゃない。ただ、ただ、そうだ、少し、「拗ねてる」。が、平気そうに笑うから。オレに気を遣ってるなら、そんな気なんか遣わずに怒ってほしい。そんなんじゃなく本当に気にしてないなら、それはそれで少し、さみしくなるものがある…から、怒ってくれ。嘘でもいい。下手な演技でもいい。オレを安心させるためだけでいいから、一言、「誕生日当日に会いたかったのに!」って言ってほしい。

『………』
「…
『……、…』
。おい」
『…ふふふ』
「笑うなよ!」

 その沈黙の仕方的に絶対笑いだすだろうな、とは思ったが。ごめんごめん、と笑いながら謝る声に、む、と口を尖らせる。そんな表情すらきっと電話の相手にはお見通しなんだろう。

『そうだよね、天馬くんだけ楽しみにしてたみたいだもんね、ごめんね』
「…べつにもういい。なんでもない。忘れてくれ」
『そっか…でも私天馬くんみたいに演技上手くないからなー…うまくできるかな…』
「あのなあ」
『うーん…よし、……天馬くんのバカ!!埋め合わせにおいしいスイーツいっぱい食べさせてくれないと許してあげない!!バカ!バカ天馬!方向音痴!ぽんこつ!』
「そこまで言えとは言ってない!!」
『あははっ!』

 それまでで一番大きい、とびきりの笑い声を聞いて、バカバカ言いすぎだろ!と怒るどころか気付いたらこっちまで口元が緩んでいた。聞きたかった言葉、じゃないな、聞きたかった声が聞けた。オレが聞きたかったのは、会えないことを一緒に悲しむ声じゃなかったらしい。その笑い声を聞いて、初めて気づくなんてな。

「…ありがとな、
『…ふふ、こちらこそ。ありがとうね、天馬くん』

 誕生日当日ではなくなったが、次に会える日を約束して、おやすみ、と電話を切る。通話を切ったあともしばらく携帯を手放せなかった。さっきまでの声がしていたそれを見つめる。今、一つ浮かんだ。どうしても、渡したいプレゼントがある。