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悪い夢だなと思った。それが「夢」だと気づけたから、まだ幸せだったかもしれない。夢だと思わなきゃやってらんなかったっていう気持ちもあるけど。だけど絶対、夢だと思った。夢であってほしい。何度も言い訳のようにそう唱える。これは夢だ。俺の目に映っているのは二人の人影で、片方は俺のよく知る、大好きなおんなのこだった。付き合って何ヶ月になるだろうか。俺の大事な大事な恋人。そのの他にもう一つ人影があって、そいつは以上に「よく知ってる」背格好をしていた。外側にハネた茶色い髪に俺は見覚えがある。いやいや髪に見覚えどころか、毎朝鏡の前で突き合わせている、その顔。ただひとつ鏡で見る人物と違うところといえば、瞳が野生動物みたいに金色に光っているところか。普通じゃない色のその眼球が、俺の姿を映そうとスライドされた。目が合う。ニィ、と吊り上がる口角に背筋がゾッと寒くなった。ヤツは言う。愉快そうに、親しげに、俺に向かって。 「よう、久しぶりじゃん。"俺"」 そう言った。めまいがする。悪い夢だ。馬鹿みたいに、悪い夢。俺は口元が引きつるのを感じながら、よろけるように一歩後ろへ下がった。ノイズ混じりに鼓膜に届いたソイツの声は、紛れもなく俺の声だった。嘘だ、あるわけない、こんなこと。「ハハ…、なに、言ってんだよ…? "お前"は、もう、だって、あのとき…」譫言のように呟く声は、ひどく情けない。うまく笑えやしないのに、こんなの冗談だろうと思いたくてハハ、と笑いが溢れる。乾いた声。喉が引くつく。それら全部全部全部お見通しのように、目の前にいる「俺」が肩を揺らして嗤った。俺はコイツに会ったことがある。忘れるわけがなかった。あの日だ、あの日、4月の、まだ悠が引っ越してきたばかりの頃、小西先輩が死んだ次の、そうだ、あの日。俺が否定したもう一人の俺。俺の、シャドウだ。 「なんだよ?『お前はもう消えたはずだろ』とでも言いたいのかよ。ひっでーなあ。"俺"は消えたんじゃないだろ?"お前"が、受け入れた"俺"ってだけで」 「そりゃ、そうだけどよ…なんで今…」 「そんなの決まってんじゃん。最近お前が"俺"を抑えつけようと必死だから、夢の中でくらい発散させてもらおうと思ってさ。べつにいいだろ?何しようが夢のなか…なんだろうし?」 俺が押さえつけているもう一人の俺?嘘だろ、だって俺はもう、自分のそういう、弱い部分と向き合って、ちゃんと立ち上がる力を持つことが出来たんだ。自分の知らないうちに、また出てきたっていうのか?自分じゃ認められないもう一つの人格ってやつが?考えていると、頭がくらくらしてきた。なんだよ、深く考えないほうがいいって言うのか。それもそうだ、だって目の前の俺だって言ったじゃないか。これは夢だ。夢の中の出来事なんて、無茶苦茶で支離滅裂なのがお約束なんだから。コイツの言うこと真に受けて考えこむとか、馬鹿みたいだよな。そうだ、これは夢だ。そう考えれば幾分、気持ちも落ち着いて、余裕が…でない。なんなんだ、この嫌な予感は。妙な胸騒ぎがする。その予感に後押しするように、シャドウの俺のすぐ傍に横たわっていた人物がぴくりと動いた。…あれ?「横たわっていた」?そこにがいたのは覚えてる。けど、横たわっていたんだっけ? 「って、うわ!?ちょっ、お前、なんつー格好して…」 夢のなかって確かになんでもかんでもめちゃくちゃだ。さっきまでそこにいた人物が、次の場面では別の人間に変わってることだっておかしくない。気づくとシャドウの俺の傍には、制服のスカートだけ身に纏ったがいた。ほんと、スカートだけ。ブラウスは着てないし、その下のブラジャーだって着けてない。大きすぎず小さすぎずの胸が露わになっていて、俺は思わず両手で顔を覆った。横になっていた体を、手をついてゆっくり起こすは、正座を横に崩したような座り方に自然になっている。これ、小さい頃よくお姉さん座りとかいう名前で覚えてたけど、この歳になってみれば、短いスカート穿いた女子がやるとすごく色っぽく、誘ってるように見えるから不思議だ。気だるげに、ぽーっとしたような表情でやられるから余計に、なんか。 「陽、介…?」 「ばばばばかやろっ!いいから早く服!服を…っ」 「ひゃははっ!何慌ててんだよ?裸なんていつも見てんだろ!…なあ?」 「んん!…ようす、け…っ痛い!」 「な!?てめぇ、何してんだよ!?」 あろうことか、シャドウはの胸を乱暴に引っ掴んでその手の中でぐにぐにと揉み始めた。自分の目の前で何が起こってんのか意味わからなくて混乱してきた。つうか、本当に、手つきが乱暴すぎるだろ!(いやそこだけが問題ってわけじゃねーけどさ!)胸の形が変わっちまうんじゃないかってくらい乱暴に胸を揉みしだくと、指の腹でぐりぐりと乳首を擦り潰す。そのうち指の動きが怪しくなったかと思えば、がさっきよりも大きくハッキリと、「痛い!」と声を上げた。胸の突起に、ヤツが思い切り爪を立てたのだということに気づく。自分の顔が熱くなるのを感じた。怒りで脳みそが沸騰しそうになる。なんだよこれ、なんなんだよ。 「テッメ…っいい加減に、」 「ゃ、あッ!…んう、…陽介…っ」 びく、と自分の足が固まって、それ以上進めなくなる。切なげに発せられる声は、明らかに痛みや嫌悪以外の感情も含んだ声。そして、呼ばれるのは俺の名前。どくん、と心臓が音を立てる。それと同時に、の肩に顔をうずめていた「俺」が、笑うのを見た。そのままヤツはの首筋に舌を這わせて、指の動きも止めない。爪を立てられてビクリとが思わず体を引こうとすると、自分の足での太腿を挟み、逃がさないように捕まえる。身を捩るにしびれを切らしたように、肩を掴んで勢い良く押し倒した。そしての両手首を掴み、ぎりぎりと手の痕がつくくらい強く握る。三度目の「痛い」がの口から漏れる。それを愉しそうに聞いたシャドウは、の耳朶に舌を這わせて、それごと捻り込むように、耳の奥へ低く何かを囁いた。本当に本当に小さな声だったのに、俺にはその言葉が何故だか聞き取れていた。 「、お前今から自分の腕、自分で押さえてろよ」 それから両手を背中に回すよう促して、は大人しくそれに従う。よく映画で見るような、人質が手首を背中で縛られて床に転がされているような光景。だけどの腕には手錠も紐も付いてない。ただ自分の意思という鎖で縛ってあるだけだ。恐怖を紛らわすように、きゅっと自身の右手で左手首をきつく掴む。その様子がなんとも健気で、俺は何も声が出せなくなって、ただごくんと唾を飲むだけだった。が不安げに、シャドウの俺を見上げた。瞳が潤んでいるし、頬が火照っているのが分かる。(まるで、真っ直ぐを見下ろすシャドウの瞳を通して見えてるみたいに、はっきりと。不思議な感覚)(なんだ、これ)俺はハッと我に返って、の上に跨る「俺」に叫んだ。 「お前、何がしたいんだよ!?やめろよ!、痛いって言ってんじゃんかよ!」 「あぁ?…チッ、うっせーなぁ!お前は黙ってそこで見てりゃいいんだよ」 「ふざけんなよ!!お前、ホントに"俺"かよ!?俺は…っ、俺は、の嫌がることは絶対しねーって決めてんだよ!」 「……っく、ははっ、あはははは!!あー、傑作だなあ、ほんっと!…馬鹿みてー」 最後の一言が酷く冷め切った声に聞こえて、俺はびくっと身構える。なんだよ、俺はなんにもおかしいこと言ってない。と付き合い始めた時から、決めてたことだ。俺はコイツを絶対泣かせない、嫌がることをしない、絶対守るんだって、なくさないんだって、強く強く誓ったんだ。体を重ねたことが無いわけじゃない。だけど毎回絶対合意の上だし、初めてヤッたときだって、何回も何回も痛くねえか大丈夫かって聞いて、格好悪いくらいおろおろしたけど、「陽介は優しいね」ってが笑うから、幸せで幸せでたまんなかった。キスだってセックスだって、俺は絶対優しくするんだって、大事にするんだって決めてて。だからさっき、シャドウだって分かってても、俺の顔した人間がの体を乱暴に扱ったのを見て、全身の血が沸騰しそうになって、 「本当はず…っとこうしたかったんだよなぁ?"俺"は」 「…え?」 わざとゆっくり、言い聞かせるように「俺」を強調するソイツの言葉。どくん、とまた嫌な音を立てる心臓。そんなわけないだろ、と言おうとした口元が歪む。ひくひくと、喉が張り付いたように声が出ない。呆然とする俺を横目に、シャドウがの足を開かせた。その間もは抵抗らしい抵抗などせず、自分の手首をぎゅっと掴み、目をきつく瞑っていた。シャドウの俺が、の胸に顔をうずめる。片方の手で右側の乳房をいじくりながら、左胸の乳首を口に含む。ぴくりと身を震わせたが、それを必死に誤魔化すようにぎりぎりと痛いくらい自身の手首を握る。わざと音を立てるように口内で唾液を絡ませ、舌先で執拗に舐め上げる。「ひゃ、あ…っんん! 陽介、よ…すけっ」カーっと体が熱くなっていくのが分かる。その熱が集まる場所が、顔じゃない。下半身に昂ぶりを感じる。せり上がってくるこの衝動は、どうして、なんで。「ふ、あぁっ!」ぷっくりと勃ちあがった乳首に歯を立てると、の体が一層びくびくと震えた。どくどくと鼓動が速まる。だらしなく開けたの口から溢れるのは、紛れもない嬌声。その声が鼓膜を刺激するたび、息が苦しくなる。やっとの思いで吐き出した自分の息は、熱っぽくて気持ち悪かった。俺の恋人の体を好き放題してる「俺」が、くつくつ喉を鳴らして笑う。 「優しくしたい優しくしたい、とか言ってイイ彼氏ぶってるから、逆にこういう『ぐちゃぐちゃにしたい』『ひどいことがしたい』っていう衝動が溜まっちまうんじゃねーのぉ?」 「ちが…っ、俺は、そんなこと…に嫌な思い、させたくなくて…」 「何言ってんだよ。見ろ、このの顔!」 「んっ!」 そう言っての顎に手を添えてぐいと持ち上げる。苦しげに、はぁ、と熱の籠もった吐息が漏れた。かと思えば、脳みそが溶けちまったようなとろんとした顔で、「俺」を見上げる。「よう、すけ…すきぃ…」「っ!」荒い息に混じって甘えるような声音が耳に届く。やっぱり、シャドウの瞳を通しての表情が見える。を乱暴に扱ってんのは俺じゃない。シャドウなのに。いや、元をたどれば俺だとしても、俺の本心は、こうじゃなくて。言い訳じみた考えがぐるぐる頭の中を巡っていく。それを遮るように、「俺」の声が鼓膜を揺らした。 「だって、いつも同じ事の繰り返しのお前とのやり取りに飽きてきてんじゃねーの?」 「な…」 「刺激が足りねーよなぁ。は俺が何しようと耐えてくれるくらい、愛してくれてんのにさ。お前、全然それに応えられてねーよ」 心臓を突かれたような衝撃が襲った。えぐられているように、痛い。目の前の「俺」が、に小さくキスをする。はそれをくすぐったそうに笑って受け入れて、今度は自分から唇を重ねてくる。無理矢理に舌をねじ込んでも、苦しげな声を洩らすだけで、逃げようとなんて絶対にしない。それどころか、舌を絡ませて応えようとする。唇が離れた時に銀色の糸が舌先から垂れていると、手で拭わずに舌で舐めとって、喉を鳴らしながら飲み込む。いい加減、腕、離せばいいのに、そうしない。赤い舌がのぞくたび、俺の下腹部が嫌ってくらい疼いた。そんな艶っぽい表情、初めて見る。シャドウの俺が笑う。口元が、三日月型のカーブを描く。(ああ、そうだ、笑ったのは、俺?) 「、すっげー可愛い。超好き」 それは、よく俺がに言う言葉だった。は少しだけ潤んだ瞳をすうっと細めて、笑って、頷く。告白の言葉だって、これだったかもしれない。「超好き」とか、なんでも「超」を付ければ二割増しに伝わると思っていそうな、頭悪い愛の言葉かもしれない。だけど、「好き」という二文字じゃ足りない気がして、つい何かを付け足さないといけない気になって、口にしてしまうのだ。超好き。大好きなんだよ、俺はが、すごく。噛み締めるように胸の内でそう呟く。ふと、シャドウがの体をゆっくりと起こした。緩く崩した正座のような体勢で、は「俺」を見上げている。一方「俺」は、立ち上がったまま。そのシャドウの「俺」が、ちらりと俺のほうを見た。目が合うと、あの金色の目を細めて、笑った。なんだよ、と口を動かそうとした直後、かちゃかちゃと音がした。それがベルトを外す音だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。何をするのか悟った俺は悲鳴じみた声を上げる。やめろ、おい、それは、やめろって! 「おまっ、ちょ、何してんだよ…っ!!」 「なんだよ。お前が"したかったこと"だろ?」 ニィ、と笑う顔がぶん殴りたいくらい憎たらしい。(ちくしょう、自分の顔だった。)かっ、と耳までいっきに熱くなる。違う、そんな、そんなことしたいなんて、思ってない。首を振って否定するけど、心の何処かで否定しきれない。ファスナーを下げて取り出された性器は、空気に触れて、心臓みたいにどくどく波打っているように感じた。そんなグロテスクな肉の塊を眼前に晒されて、が戸惑わないわけがない。顔を真っ赤にさせて、目を逸らした。すると「目ぇ逸らすなよ」と硬くなったそれの先端をの頬に擦りつける、俺の影。何か叫びだしたくなったけど、声にならない。俺は唇を噛んで、開いた手のひらで目の前の光景を遮った。もちろん指の隙間から見えるんだけど。遮れていないんだけど。はというと、羞恥に染まった表情で息を飲んで、俺の顔を潤んだ目のまま見上げた。嫌悪感なんて微塵も見えない。ただ、戸惑いだけが見て取れる。もっと、顔をしかめてくれたっていいと思うんだけど。それが、普通の反応だと思うんだけど。 「口開けて」 それは紛れもなく俺の声だった。他のだれでもない、俺の声。ぶるりとの体が震えたように見えた。(なにそれ、今から俺のチンコ咥えるってわかって、興奮、してんの?)ごく、と唾を飲み込む。が、一度だけきゅっと目を瞑り、それから、視線をソレに移した。その動作だけで酷く心臓が高鳴る。俺の、を、がじっと、見てる。(ああもう、なんだこれ、やばいかも)見られてるだけで興奮するとか、俺だいぶ変質者の素質がありそうだ。がそっと、首を動かす。顔を近づけて、そそり立つモノの先端にちゅ、と口付けた。もうその瞬間イキそうになったとかもう、ぜんっぜん笑えない。でも、だって、信じらんないだろ。かわいすぎだろ。頭がおかしくなりそうだった。フェラとか、エロ本やAVの中だけのもんかと思ってたし。自分の彼女に「して」って頼めるほどの勇気、普通、ねえし。つーか咥える側も嫌じゃん、普通。(俺男だから抵抗あんの?違うよな?)そんなこと思ってたら、がパンでも食うときみたいにぱくっと俺のを口に含んで、ぞくぞくと背筋を何かが駆け上がった。(やばい、やばいやばいやばい)見下ろせば、が不安げに、恥ずかしそうに、俺を見上げていた。目が合う。咥えられてる、っていう光景が自分の目でしっかり見えることが何より恥ずかしいし、上目遣いのが可愛すぎてHPがジリ貧すぎる。は、と犬みたいな息を吐くと、がもぞもぞと太腿を擦り合わせる。ほんと、ここからの眺め、えろすぎ。 「んぅ…よう、ひゅけ…」 「っいきなり喋んな…っ!」 「……ん」 「…、…喋んなくても、いい…からっ…舌、動かして…」 自分の口からそんな言葉が飛び出すとは。はは、もうなんか吹っ切れちゃってる。どんびきだよ、自分を。…それなのに、は俺の言葉を聞くと目を細めて、少し嬉しそうな顔をした、ように見えた。それから、俺の命令通り舌を使って俺をこれでもかというほど責め立ててくる。正直予想以上に気持ちよさすぎて、馬鹿みたいに情けない声が自分の口から次々漏れてくる。 「…っく、ぁ…、超イイ…っ!やば、いもう」 自身の性器が引くつく回数が増えて、もうすぐ達するんだって悟った。が躊躇いがちに、唇を離そうとする。そのとき、無意識に俺の手が動いていた。の頭が離れないように押さえつける。驚いたようにが俺の顔を見上げた。その丸い瞳に映る俺が、快楽に蕩けきった表情で笑ってる。(あれ、なんでだろ。俺の瞳の色が、金色だ) 「口に、出すからさ…飲め、よ…っ」 「ん、んっ!」 「へへ、出来んだろ…? っも、出るっ!」 「ん…っ!」 そういえば、気づかなかった。気づかない内に、「シャドウの俺」は、いなくなってた。いつのまにか、俺が、アイツに成りかわっていた。アイツが、俺になっていた。俺が、あいつになってた。(ああ、認めちまったってこと?)(はは、なんか、悔しいけどさ)分かってしまった。分かっちまったよ。ああそうだ、最初から、アイツは俺だった。にこんなことしたいって思ってたの、全部全部、俺。(視界が真っ白に染まる) |