四
「織田作さん織田作さん!着替えありがとう!お風呂もありがとう!」
あれからは大人しく風呂に入っていた。約束通りきちんと温まってくれていた。時折独り言だか鼻歌だかが浴室から聞こえてきたので、思った以上に、この人物は一人の時間を寂しく思うどころか、そう云った時間の楽しみ方を知っている人間らしい。タオルを首に巻き、脱衣所から上機嫌に出てきたを振り返り、その格好を上から下まで眺めて、暫く私は黙りこんだ。ぶかぶかのシャツは袖が余っているし、そのシャツ一枚でも裾が膝辺りまで届く長さだ。しかしそれだけでは心許ないと云うか、そう云う格好をさせている自分にあらぬ誤解が掛かりそうなのと、本人が「素肌を見せるのは好きじゃない」という年頃な拘りを見せたので(先ほど何も考えず服を捲り上げたのはなんだったのか)、一応、ズボンを貸してみた。当然ながら脚の長さが合わないので、それをずるずる引きずりながら、は私の前までやって来る。もともと物の少ない部屋のあちこちを引っくり返してはみたが、年齢、体格、どれも自分とかけ離れたの体に合いそうな衣服など置いていなかった。
「…腰回りはどうなっているんだ、その格好は」
「んーっとねえ…そのままじゃズボン落ちちゃうから、ぎゅーっと縛って落ちないようになってる」
「そうか」
「そうです」
「裾を踏んづけて転ばないのか」
「転ぶかもしれない!」
何故か自信満々にそう宣言したに少し脱力する。私は腰を下ろして、のズボンの裾を折り畳んでやることにした。足首が見えるくらいまで折り込む。こんな具合なら、男性用の半ズボンで丁度彼女の身長に合うくらいなのでは、とは思ったが、果たして該当する物が自分の衣装棚に入っているかと訊かれたら自信は無かった。
私の手元をじっと見下ろしていたは、左足の裾を折り終わった直後に「右は自分でやる!」と挙手したので、私は一旦手を離した。すぐにその場で尻餅を付き、は左足の出来を真似るようにせっせとズボンの裾を捲る。
「出来た!上手い?」
「上手いな」
「これで転ばないね」
「ああ」
自慢気に胸を逸らすと、頷く自分。もしかしたら自分は、子供が出来たらどんな些細な事でも褒めて伸ばすタイプの父親になるのかもしれない、と冷静に思った。今のところそんな予定は無いわけだが。どうせならとことん世話を焼いてやろうかと、の首に掛けてあったタオルの端を少し引っ張って、その髪をわしわしと拭いてやる。へらりと笑ってそれを受け入れるを見ると、なんだか今のこの時間があまりにも平和で、自分の、そして目の前の少女の生きる世界の仄暗さが、遠く無関係なものに思えた。
「織田作さんは?お風呂入ってこないの?」
「…ん。ああ、そうだな、俺もさすがにシャワーを浴びないと落ち着かない」
「今日のお仕事は何だったの?」
「いつもの雑用だ。組織に追われた売人が埃塗れの倉庫に隠したブツを発掘したり、其奴の汚部屋を隅々まで掃除してさらに色んな物を発掘したりと大忙しだった」
「おお〜!凄いね!宝探しだね!今度やる時は一緒に連れてって!」
「太宰みたいな事を云うんじゃない」
遠く無関係なものに思えた、と云った傍からこんな仕事内容を口にするのだから、完全に切り離す事は出来そうにない。それでも、太宰やその周辺の人間がこなす血生臭い任務と比べれば、恐ろしく可愛いものかもしれないが。加えて、目を輝かせたの「凄いね!宝探しだね!」という台詞が有ると、自分の職業を見失いそうになる。
「先に寝てていいぞ。」
「ううん、まだ起きてるよ。やることあるから」
「やること?」
「うん!」
「…そうか」
やけに得意気に頷くので、それ以上は聞かず、私は脱衣所に向かうことにした。普段通りに身軽に。しかし気付く。風呂から上がった時に部屋にはが居るのだ。「普段通り」ではない、イレギュラーな事態。基本的に自分の部屋では上半身に何も纏わないままうろつける人間な自分だが、さすがに、今日も其れをやると何かがまずい気がする。配慮が足りないのでは、という気がする。自身はあまり気にしないとは思うが。ふむ、と足を止めて、一度着替えを取りに戻った。
結局、の私生活については、何一つ判らないままだな、とシャワーを浴びながら考えた。は普段どこで寝泊まりしているのだろう。誰と、どんな生活をしているのだろう。の親は今どうしているのだろう。は、会いたいと思わないのだろうか。この組織に属することを決めたのはの意志なのだろうか。力の扱い方を知らず、世間から疎まれ逃げるように生活せざるを得ない異能力者を、マフィアが目を付けて拾ってやることは珍しくない。ポートマフィアの首領は、利用できるものは最大限に利用する人物だ。その手の遣り繰りが恐ろしく上手い。だからの事も、首領が何らかのきっかけで目を付け、スカウトした可能性が有る。「ちゃんは首領のお気に入りなんだ」と、私にそう話したのは確か、太宰だ。だからあんな子供でも、組織の中では私が思っている以上に丁重に扱われているのかもしれない。上の考えなど、ヒエラルキーの最下層に位置する自分の耳にはあまり入って来ない。いや、太宰がべらべらと口を割る程度の重要度の話は耳に入るが。の素性も、所持した異能も、組織内での立ち位置も、仕事ぶりも、私は何一つ判らない。一緒の時間を過ごす内には「放っておけない」と思うのに、私の目の届かないところでは上手くやっているのだろう、きっと私の心配など余計なんだろう、とも思えてしまう。思い込んでしまう。本当の事は、矢張り何一つ判らないと云うのに。